令和18年──。「わたしは最後の1本の毛を供養するのか?」

最後の一本の髪の毛

※ 先に書いておくと、ホラーではありません。

今は忙しい生活で適当ですが、私は寝癖を気にしなくていいのでパーマをよくあてます。

──でも世の中は、平成も終わるし、何でもいつかは終わりがやってくる。
だから、そんなパーマにも、髪の毛もいつかは終わりが来ることを私は幼少の頃から祖父を見て知っています。

抜けたら最後、くっつくことはない。
きれいな毛してるだろ。ウソみたいだろ。くっつかないんだぜ。それで。のノリです。

毛は抜けたら終わり。

NUKETA RA OWARI

今は美容師の友人曰く年齢の割に毛は多いみたいだけど、いつかは全て地に帰る。そう、知っています。
コレハ、シゼンノセツリ。

とまぁ、この世で抜けて嬉しいものなんて『おおきなかぶ』ぐらいじゃないかなぁ?

先日、子どものお遊戯会で『おおきなかぶ』を見ました。

それでもカブは抜けません。のやつです。

とても良かった。感動した。

「うんとこしょ。どっこいしょ。」ってな具合に、子供たちがみんな力を合わせてカブを引っこ抜こうとして、それでもカブは抜けません〜を繰り返しして、最後に抜けたら大喜び。

そんな演技をする子ども達の成長を見て、わたしも含め周りは拍手。高鳴る鼓動。内なるDA PUMPがスウィングしました。

さておき──。

髪の毛は引っこ抜かれても嬉しくないわけです。

毛は頭部をなにかしら守ってくれている

肉体的にも、精神的にも。

今はフサフサ。でもいずれツルツル。
そうなったとき、失った時に気づく寂しさって、きっとある。

だから私はいつかその日が来たら、「毛が無くなってしまった。」ではなく、こう言ってあげよう。
うるち「今まで、ありがとう。毛。」と。

なんてことを昼休みにお茶をすすりながら、一人で考えていました。

で、ですね。

タイトルの件ですが、唐突におもいついた供養というのは、
最後まで生き延びた1本の毛が「ぷち…」と頭部から抜けた時、「その毛を庭にでも埋めて供養するか?」という自分でも何書いてるの? という件なんですよね。

まぁ、もちろんしないんだけど。するわけないんだけど。

だって、怖いよね。軽くホラー。

最後の髪の毛を、庭に埋めてるとこ、
想像してみたらさ…





ホラーだわ。

だから供養なんて軽く電波なことはできないわけです。
だけれど、今まで頭部を守ってくれてありがとう。なら言ったっていいかもしれない。

この先、ラストサムライならぬラストヘアーが最後の使命を遂げた時、この日記のことを私は覚えてるか分からないけど、「あんなアホくさいこと書いたなぁ。」なんてこのブログのことを思い出しでもしたら、

目の前に落ちた1本の毛を、波平ですら3本ある毛を、0本になった頭で、わたしは言うかもしれない。

うるち「今まで、ありがとう。毛。」と。

それがいつになるのか分からないけれど、令和の終わりかもしれないけれど──。
いや、令和の終わりまで添い遂げられるか分からないけど……令和18年ぐらいかもしれないけど、

……

ん?

令和18年? REIWA18年?

…R18年?

R18……指定!?

それ…18歳以上じゃないとダメな感じ?じゃあもう……ホラーじゃない?
ホラー映画出す?ハリウッドいく?

「殺人、毛髪ウイルスに全米が恐怖した」とかキャッチコピーで宣伝する?

タイトル名は『ハゲマルドン』

ネーミング、安易~!

…はぁ。
そんなわけで、どうせハリウッド狙うならハートウォーミングな作品で出したいところです。

全米が涙した。
「クリスマスに1本の毛が結ぶ奇跡。」

というB級どころかC級映画さえも危うい感じに狙いを定めてみようかしら。
と、本日もよく分からぬことで頭がいっぱいになり日記を書いてしまいました。毛で頭がいっぱいなら、まだまだ大丈夫ということでしょうか。

ラストヘアーが終わるのが先か、令和が終わるのが先か、どっちかなぁ〜。
──おしまい。

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